古神道

言霊と言葉は別もの〜

神社

昨日は、隔月で行われている古神道講座の〜言霊による岩戸開き〜

~言霊修道士養成初伝2~に参加してきました!

7月から始まったこの講座、前回は一言(あ、い、う、など)を考えずに口に出し、それが二言(あい、かみ、など)、三言(あまた、さくら、など)、五言(あけぼのの、いつのまに、など)と増えていくところまでだったのですが・・・

なんと、今回からは和歌をちぎりました!

 

言霊

とは言っても、国語の授業のように、考えて考えて詠んでいくわけではなく、ふと浮かんだ言葉をそのまま出していく感じ。

そもそも思考が働いていないので、自分が何をしゃべったかほとんど覚えていません(⌒-⌒; )

なので、あしけだめ・・というように、言葉にならないことも多いし、それでオッケー!

むしろ、考えることをとことん排除します(^ ^)

何しろ、言霊って、言葉の力だと思われていますが、そうではなくて

神の表現

だから、考えて発したり、何かいいことを引き寄せようと思って発するものはただの言葉であって、言霊にあらず・・

言(コト) 即 事(コト)

内なる神とつながっていれば、考えなくても自然に美しい言葉=美言が出てくるようになるし、そういった言葉は即実現するのだそうです!

ただ、現代人は魂が時空を超えて飛び散っているので、まずは鎮魂禊をしてから!

そして、古代人にとって、風、息、心、生命、言葉、神はあいまいで一つだったそうですよ〜

矢加部先生は、宮崎駿監督の作品では、感情表現に風が使われるとおっしゃってました(^ ^)

次回は、なんと、隣の人に必要なメッセージというテーマで和歌を詠んでいくとか 😯

どんなメッセージがいただけるんだろう〜o(^▽^)o

楽しみです〜 😀

 

 

 

 

 

 

 

 

言霊の本当の意味とは?

昨日は、二ヶ月ごとに開催れている古神道講座の
言霊修道士養成講座(初伝)でした。

言霊って、最近よく聞かれますが、言葉には魂が宿っている、だから良い言葉を使いましょう。という感じのことが多いでしょうか。

でも、本来の言霊と言葉はまったくの別物目

言霊は神(魂)の表現であり、表面的に考えたりせずにふと、無意識に出てくるもの。
それに対して、
言葉は、いろいろなことを考えて(もちろん、この言葉は良いのか悪いのかということも)発する表面的なもの。

古代の人たちは言霊を発することができたので、言(コト)が即、事(コト)になるため、余計なことは言わないことが身についていたのだとか。

本来は神主の方がも言霊を発することができたので、祝詞もご自分の中から湧き出る言葉を上げられていたそうですが、今は神主さんもサラリーマンとなり、言霊を発することができない方も多いので、祝詞も書いてあるものを読む方が多いのだとか叫び

この講座では、座学はほんの少しであとは実践あるのみ!

何をするのかって?・・・一言(あ、か、など一文字)を無意識に発することから始まり、最終的には五七五七七の和歌が考えなくても、湧き出てくるのだそう!

それに、自分で考えてもみなかったようなメッセージ性の高い和歌が降りてくるんだとかキスマーク

ホントかな〜あせる

昨日は、五言までを息吹いていったのですが、同じ言を言ってしまうことがありました。

私の場合は、サとカが多かったドクロ

これは、なんと過去から現在までの間に、最も自分を支配している因縁が、言霊を通して解放されていくためだそうですアップ

それに、禊ぎは、水によるものがよく知られていますが、言葉の禊ぎが最も効果的なのだそうで、同じ言を発しているうちに、すっきりしたりしていましたニコニコ

次回は、いよいよ和歌を息吹くことになります目

どんなことになるのか・・・乞うご期待です〜グッド!

 

 

 

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